LOGIN私が次に目指すのは警察署。この町には大きな警察署がある。しかも拘置所付きなので収監されている人間もいるのだ。きっと、ラファエルは、そこにいるに違いない。幸い、タクシー会社から警察署までの道のりは徒歩圏内だったので、私は歩いて警察署へ向かうことにした。 石畳の町並みを歩いていると、どこからともなく甘い匂いが漂ってきた。「ん……これは……?」匂いの元を辿ってみると、店先で屋台が出ており、まるでクレープそっくりの商品が売られているではないか。「あ! あれは……!」思わず匂いに吸い寄せられるようにフラフラと近づくと、若い女性店員が声をかけてきた。「いらっしゃいませ。ご注文ですか?」「あ、は、はい!」実は私は甘いものにはまるきり目が無かった。日本人として生きてた頃は若い時は良く今川焼きやたい焼きを買って食べたりもしていた。大人になってからは、早くに出産し、無我夢中で働いて……こんな風に買い食いを楽しむことも無かったっけ……。そこで私はストロベリー味のクレープもどき? を焼いてもらい紙にくるんで手渡された。「お、美味しそう……!」受け取った瞬間、思わず笑みが溢れる。そう、私は町中で一度でいいからこういうものを食べ歩きしてみたかったのだ。これが40代のおばさん姿ならちょっと恥ずかしくて出来ないけれども、今の私は21歳、栗毛色の長い髪に青い瞳の美女なのだから。「あ〜美味し〜い」そして私はクレープもどきを食べながら、ブラブラと警察署を目指した――****「ええ!? 収監されている人物と面会したいですって!?」警察署を訪れた私は早速カウンター越しの若い男性警察官に驚かれた。「はい、恐らく知り合いがこちらの警察署に入れられていると思うんです。どうか会わせていただけませんか?」「い、いえ。ですが……本当に知り合いが収監されているんですか?」怪しむ目で私を見てくる。「はい、そうです。ラファエル・ノイマンがこちらにいませんか? 実は彼は私の元夫なのです」「え?」若い警察官は考え込んでしまった。恐らく、今彼の頭の中では私をラファエルに会わせてもいいのか、どうか迷っているのだろう。そこでダメ押ししてみた。「彼には愛人がいて不倫していたんです。それで私達、別れたのですけど……まだ多少の情は残っているんです。お願いです、会わせていただけますか?」心
私は例のタクシー会社へと来ていた。会社の敷地内には相変わらず空車のタクシーが何台も溢れ、10人近いドライバーたちが暇そうにベンチに座っている。「あ〜あ……本当に勿体ないわ。私だったらもっと有効利用してあげることが出来るのに」そんなことを呟きながら敷地内へ入っていくと、見知った顔の3人組がベンチに座っていることに気がついた。あ、彼らは……。すると、3人共私に気がついたのか、全員が駆け寄ってきた。「ゲルダさん!」真っ先に声をかけてきたのは一番年若いハンスだった。「来てくれたんですね?」嬉しそうに笑みを浮かべるクリフ「お待ちしていました」まるで日本人のような外見のケンが最後に話しかけてきた。「ええ、約束通り来たわ。社長はそれでいるのかしら?」「はい、います。全然タクシー利用客が増えないのでイライラしまくっていますよ。事務員の話では既にリストラ候補のリストが出来上がってるとかいないとか…」クリフが他のタクシードライバーたちの耳に入らないようにこっそりと教えてくれる。「そうなのね? 苛ついているけれど、会社にはいると言うことね? それじゃ早速社長の元へ行ってくるわね」私は3人に手を振ると、タクシー会社の建物へと足を向けた。****「失礼いたします。ゲルダ・ブルームと申します。社長にお会いしたいのですが」すると対応に当たった女性事務員が返事をする。「本日、お約束はされているのでしょうか?」「いえ、約束はしていないけれど以前も会っているわ。確か社長のお名前はカエサル・オットー氏でしたよね?」「社長のお名前をご存知なんて……承知いたしました! すぐに伝えてまいります!」女性事務員は慌てたように事務所を出ていった。……良かった。前回私を対応した事務員とは別の女性で。 少しの間、椅子に座って待っていると先程の女性事務員が慌ただしく戻ってきた。「社長が会うそうなので、こちらへどうぞ」「そう? ありがと」そ私は女性事務員の案内のもと、カエサル社長が待つ社長室へと向かった。「何ですか……またいらしたのですね」カエサル社長は社長室に現れた私を苦虫を踏み潰したかのような顔でじろりと見る。「ええ、また来ました。でもそれも交渉次第では今日で終わりです。どうですか? 前回提案したお話……考えて頂けましたか?」ニコニコ愛想笑いをしながら私は
「ゲルダさん? どうかされましたか?」私が驚いている様子に気付いたのか、ジョシュアさんが声をかけてきた。「い、いえ。ノイマン家の名前が出てきたので少し驚いただけです」「そうだったのですか。まぁ、ノイマン家といえば伯爵家ですから。有名ではあるかもしれませんね」「ええ、それにしても屋敷が売りに出されるとは知りませんでした」私が知っている限りでは、あの時のラファエルの様子から売りに出すようには思えなかったのに。「まぁ無理もありませんね。ノイマン伯爵家のご子息が逮捕されてしまいましたし……借金の肩代わりに屋敷はウェルナー侯爵に取られてしまったそうですから」「え!?」まさかウェルナー侯爵は本当にノイマン家を取り潰したのか? 妻をラファエルに寝取られたことが余程許せなかったのかもしれない。侯爵の本気度がうかがえる。「それで屋敷が売りに出されることになったのですね……」「ええ、そうです。何しろ大きなお屋敷ですからね。私以外にも様々な専門家があの屋敷の査定に呼ばれているそうですから…おっと、こうしてはいられない。そろそろ行ってきますね」ジョシュアさんが立ち上がった。「どうもお引き止めしてしまい、申し訳ございません」私も慌てて立ち上がる。「それでは仕事に行ってきますね」ジョシュアさん足元に置いてあった鞄を持つと、頭を下げるとリビングを出て行く。私も途中までついていくと手を振って見送った。フフフ……何だか新婚さんみたいだ……。その時――「随分楽しそうだね……」背後から俊也の声が聞こえた。「キャアアアッ!!」あまりに驚いて私は悲鳴を上げてしまった――「ごめん……そんなに驚くとは思わなかったんだ……」俊也が申し訳無さげに謝ってきた。「ほ、本当よ! 死ぬかと思ったじゃない!」「ええ!? !そんな縁起でも無いこと言わないでくれよ!」確かに一度私の死を体験している俊也に取っては洒落にならなかったかもしれない。「あ〜ごめん、ごめん。今のは言葉の綾よ。もうとっくに仕事に行ったかと思っていたから」「うん、今日は遅番だからね。それにしても……随分ジョシュアさんと親しげだよね?」「そんなことないわよ。それにジョシュアさんはシェアハウスにお金を落としてくれる人だから丁重にしてあげないとね」「……俺だって、そうだけど?」少し恨めしそうな目で私を見
翌朝6時―私はウィンターと共に厨房に立っていた。「フンフン〜」鼻歌を歌いながらスープの具材になる野菜を切っていると、隣で玉ねぎの皮を向いているウィンターが声を掛けてきた。「随分ごきげんですね、ゲルダ様」「そうかしら?」「ええ、そうですよ! いつもなら俺1人で朝食の準備をするように言ってくるのに、今朝は何ですか?『ウィンター、1人で食事の用意をするのは大変でしょう? 私が手伝って上げるわよ』なんて言いながら厨房に現れてくるのですから」ウィンターは私の声真似をする。「ちょっと、気持ち悪い真似をしないでくれる? 人数も増えて忙しくなって大変だろうと思ってわざわざ手伝いに来たっていうのに」「何言ってるんですか。俺の為じゃないでしょう? 手伝いに来たのはあの方のためですよね? ジョシュ……ぐはっ!」ウィンターが苦痛の声を上げる。「あら〜ごめんなさいね。そんな所に足があるとは思わず、踏みつけてしまったわ」「ゲ、ゲルダ様……わ、わざとですよね?」ウィンターが恨めしそうに私を見る。「さ、早く次の料理にとりかかるわよ!」私はお玉を振りかざし、ウィンターに命じた。「あ! 今聞こえないふりしましたね!?」「うるさいわね、さっさと働かないと給料天引きよ!」「ひっ! そ、それだけは勘弁してくださいっ!」ウィンターは高速で玉ねぎの皮を再び剥き始めた――****「すごいですね〜今朝の料理は何ですか?」朝食の席に着いたジョシュアさんがテーブルの上に並べられた料理を見て目をみはる。「あ、これはゲルダさんのお手性のフレンチトーストですね! 私、これ大好きなんですよ〜」アネットが嬉しそうに笑う。「ええ、私もこの料理好きです。ほのかな甘みがいいですよね。はちみつをかけても美味しいですし」ブランカが同意する。「男の俺でも好きですよ」「ええ、何枚でもいけそうですね」ジャンとジェフも同意する。「……俺も、この料理……大好きですよ」俊也(ルイス)は感慨深げに皿の上のフレンチトーストを見つめている。……そう言えば俊也は子供の頃、この料理が大好きだったっけ……。するとウィンターが余計なことを口にした。「この料理、ジョシュアさんの為にゲルダ様が作ったんですぜ」「「「「「「え?」」」」」」この! 馬鹿ウィンターめ!全員の視線が私に集中する。特に対照
その夜のこと――新しいシェアハウスの住人になったジョシュアさんを交えて、今夜も沢山の料理が並べられた。何しろ今夜は歓迎会なのだから当然だろう。「これは美味しい料理ですね? 一体何という料理なのですか?」ジョシュアさんが唐揚げを口にしながら感動の笑み? を浮かべている。「これですか? これは『鶏のから揚げ』という料理なのですよ? 鶏の腿肉を色々な香辛料に付け込んで油で揚げた料理なんです。こちらが塩味で、こちらがカレー味です」ジョシュアさんの皿にせっせと唐揚げ料理を取り分けてあげながら私は説明した。「カレーですか? 始めて聞く料理ですね?」ジョシュアさんの目が丸くなる。「ゲルダ様の作るカレーは最高なんですぜ。そうだ! 今度またカレーを作って下さいよ!」ウィンターは私が料理を作れば、自分は作らなくて済むと思って、あんな言い方をしたのだろうが……思惑通りになってなるものか。「ええ。そうね。その時はウィンター。一緒に作りましょうね~?」「は、は、はいっ!」ウィンターがビクリと肩を跳ね上げさせながら返事をする。恐らく私が何を言いたいのか伝わったのだろう。「ゲルダ様。この料理は何と言うのですか?」ジェフがフォークでフライドポテトを刺している。「それはね、フライドポテトって言うのよ。ジャガイモを油で揚げて塩を振っただけよ。どう?」「凄く美味しいですね。発泡酒によく合いますよ」ジャンがこの世界の「ビール」を飲む。「確かにフライドポテトは美味しいですね。何本でもいけそうです」ブランカが物凄い速さでフライドポテトを食している。余程気に入ったのかもしれない。皆楽しそうにワイワイ騒いでいるのに、何故か俊也だけは無口だ。黙って料理を口に運び、時折ジョシュアさんを気にかけているようにも見える。「ルイスさん? どうかしたのですか?」俊也に恋しているアネットが話しかけてくる。「い、いえ! 何でもありません……」しかし、何でもありませんと言いつつ、俊也の視線はジョシュアさんを捕らえている。「あ、あの~……ルイスさん……でしたっけ? 私に何か用でしょうか……?」ついにジョシュアさんが俊也の視線に耐え切れないのか、声をかけた。「ええ。用……と言いますか、お聞きしたいことがあります」「僕にですか?」え? 俊也……一体ジョシュアさんに何を聞くつもり
「ようこそいらっしゃいました。ジョシュアさん!」満面の笑みで私は扉を開けた。「はい、本日からよろしくお願いしま……す……?」ジョシュアさんは若干引き気味で挨拶してきた。恐らく全員で彼を出迎えたからなのかもしれない。「この方がジョシュアさんですか」アネットが興味深げに見つめている。「確かに、素敵な方ですね……納得です」ちょっと! ブランカ! ジョシュアさんに聞かれてしまうでしょう!?私は慌ててジョシュアさんに声をかけた。「ど、どうぞ中へお入り下さい。あの、お荷物を運びますから。どちらにありますか?」するとジョシュアさんが背後を振り返った。「荷物ならあの馬車に積んできたんです」見ると、そこに1頭の馬に繋がれた荷馬車があった。「あの馬車と馬は私の物なんですよ。商売がら品物を仕入れたり、売りに行く事もあるので所有しているんです。今迄住んでいた所では馬車を置いておく場所が無かったので、辻馬車のオーナーに頼んで馬と馬車を預かって貰っていたのです。それで……この屋敷に置かせて頂けないでしょうか? 料金も別にお支払いいたしますので」ジョシュアさんが申し訳無さげに言う。「ええ、こちらは少しも構いませんよ。確か屋敷の裏手には厩舎もありますので」「本当ですか? ありがとうございます!」ジョシュアさんが嬉しそうに笑った。「それじゃ、皆でジョシュアさんの荷物を運ぶ手伝いをしましょう。ブランカ、ウィンターも呼んできてくれる? 男なんだから手伝わせなくちゃ」「はい、分かりました」ブランカは返事をすると、ウィンターを呼びに行った。「さて、皆。荷物運びをしましょう」「「「はい!」」」ジャン、ジェフ、アネットは返事をし……何度も申し訳ないですと頭を下げるジョシュアさんと一緒に私達は荷運びを始めた――**** 17時――「本当にありがとうございました。でも、本当に素敵な部屋ですね。すっかり気に入りましたよ」ジョシュアさんがすっかり片付いた部屋の窓から庭を眺めながら言う。他の皆はそれぞれの持ち場で仕事をしている。「お気に召していただいて、光栄です」私は頭を下げた。「それで、ここの人達は全員シェアハウスの住人なのですか?」「ええ、そうですけど正確に言えば従業員ですね。今の所シェアハウスにお客として入居して頂いている方はルイスという名の男性で、彼